【因果推論入門 〜ミックステープ:基礎から現代的アプローチまで】 レビュー

因果推論入門〜ミックステープ:基礎から現代的アプローチまでを翻訳者の1人である、冨田燿志さんからご恵贈いただきました。

本書は因果推論の分野における新しいデファクトスタンダードとも呼べるCausal Inference The Mixtapeの翻訳本になります。以下本書のことをミックステープと呼びたいと思います。

この記事ではこの本のレビューとして特徴や対象読者層、これまでに出版された因果推論に関する著名な本との簡単な比較をしてみたいと思います。

なおconflict of interestとして翻訳者には大学院時代に接点があった方が何名かいらっしゃることをお断りしておきます。

1. 本書の特徴

様々な状況における因果効果を推定するための手法について理論面・実証面・実装面の全てをカバーしているところが本書の最大の特徴でしょう。

いわゆる計量経済学を学んだあと、現代の実証分析において因果推論に関する理論は避けて通れないでしょう。 このときほとんどの人は次のようなプロセスで勉強していくと思います。

  • ポテンシャルアウトカムに基づく、処置効果の定義やその推定に関する理論の勉強
    • 例えばAngrist and Pischke(2009)などを読んでいくことになる。
    • いわゆるエコノメの知識を別方向から解釈し直していくイメージ
  • 実証分析をしている論文を読んでいく
    • どのように理論を使うのか、適切性をディフェンスするかを学ぶ
  • RAや自分の研究で実際に分析してみる
    • 実際にデータの加工や実装を行って、これまで学んだことをアウトプット

これまでの多くの本はこの理論の勉強のためにはなりますが、それ以降は実際の論文を読んだり、自分の研究を行ったりして身につける部分が多かったと思います。 この状況は専門分野が実証系でない学生が新しく実証分析を行うときの障害になりますし、実証系が専門の学生にとっても理論を適切に運用するためには長い時間がかかると思います。

ミックステープは理論面をカバーしているだけではなく、実際に出版された論文をもとにどのように理論を運用するかを解説していますし、その分析の実装についてもRプログラムを提供しています。1 したがってミックステープは因果推論をベースにした研究を行うまでの高速道路として役立つと思われます。

2. カバーするトピック

理論・実証・実装のすべてをカバーしているにも関わらず、本書でカバーしているトピックは非常に広範囲になっています。特に経済学でよく扱われている分野だけでなく、他分野においてよく利用される内容についてもカバーされています。

詳細は出版社のサイトに譲りますが、本書のカバー範囲は以下の通りです。

  • 確率・回帰分析の基礎
  • DAG
  • RCT
  • マッチング・傾向スコア
  • RDD
  • IV
  • パネルデータ
  • DID
  • 合成コントロール

個人的にはDIDと合成コントロールに関する章が特に有益だと思います。

  • 処置タイミングが異なる状況におけるDID(Staggered DID)は多くの分野で利用されている研究デザインですが、私の知る限り教科書にはいままで記載がなかったトピックであり、非常に有用だと思います。
    • このトピックはGoodman and Bacon(2019)以降非常に研究が進んでおり、過去大学院で学んだ人も知識のアップデートが必須になってきています。
  • 合成コントロールについても、Atheyらが非常に重要な研究デザインであることを指摘していますが、これまであまりカバーされませんでした。
    • 合成コントロールから更に多くの研究が進展しており、実証分析をする上で学んで損のないトピックだと思います。

4. まとめ

世の中の因果推論への関心はますます高まっているなか、非常によい本が出版されたと思いました。

計量経済学の観点からみた因果推論に関する本はこれまでも例えば、Angrist and Pischke(2009)や本書の訳者の1人であるサイバーエージェントの安井さんの効果検証入門(2020)といった良書が出版されてきています。 それらと並びミックステープもこの分野のデファクトスタンダードとなると思います。 翻訳をされた皆さんに拍手をおくりたいと思います。

最後に類書との比較をしてみたいと思います。

  • レビュー読む人、これが一番うれしくない?

それぞれ特徴はありますが、難易度としては以下の様になるのかなと思います。

  • 入門: 効果検証入門
    • 実装についてもフォローがありミックステープと思想が近いと感じる。
    • 著者もコメントしているが、詳細な理論などは載っていないので、入門としての意識が強い
    • 因果推論に取り組みたい人がまず読む本
  • 中級: ミックステープ
    • 効果検証入門と比較して、理論面や様々な研究についての解説が充実
      • そもそもページ数の違いや狙いが違うので、効果検証入門が悪いわけではない。
    • 研究をしていきたい人やビジネスでの効果検証を更にレベルアップしたい人向け
  • 上級: Mostly Harmless Econometrics
    • ミックステープに比べるとより理論的な本。実装に関しては対象外
    • 思い出補正があるきがしますが、結構読むのは大変だった記憶が。
      • 正直正確に理解しているか?と聞かれるとうっ…となる…

個人的には効果検証入門→ミックステープという形で因果推論を学んで実践していくのが良いんじゃないかなと思ってます。 僕も学びなおします!


  1. なおCausal Inference The MixtapeではStata, Pythonでも同じ内容を実装しています。どれか1つでも読むことができればよいという意味で非常にユーザーフレンドリーです。 ↩︎